Q&A:相続人全員が相続放棄したとき
― 放棄の効力はどこまで及ぶ? 相続税はどうなる?

相続人が全員、家庭裁判所で相続放棄をしたケースを題材に、「放棄の効力は申述書に書いていない財産にも及ぶのか」「相続開始後にお金を引き出すと放棄が無効になるのか」「生命保険金や信託受益権の相続税はどうなるのか」といった疑問を、民法・相続税法の条文に沿って一問一答で整理しました。

Q相続放棄の申述書(受理通知書の明細)に不動産しか書いていません。明細に書いていない預金は、放棄したことにならないのでしょうか?
A

明細に記載がなくても、預金を含む被相続人の全財産に放棄の効力が及ぶと考えられます。相続放棄をした人は、その相続に関しては「初めから相続人とならなかったもの」とみなされます(民法939条)。放棄は特定の財産を選んで手放すものではなく、その被相続人の相続に関する一切の権利義務(プラスの財産もマイナスの債務も)に包括的に及ぶと解されているためです。

手続の面でも、限定承認では財産目録の作成・提出が必要とされていますが(民法924条)、相続放棄は家庭裁判所への申述だけで足り(民法938条)、すべての財産を網羅した目録の提出は義務づけられていません。申述書に書く財産の概要は、家庭裁判所の事件処理上の参考情報にとどまり、放棄の効力の範囲を決めるものではないと考えられます。

つまり「限定承認なら目録が清算の前提として重要」ですが、「全員が放棄」のケースでは、明細に何を書いたかにかかわらず、放棄の効力は預金にも包括的に及ぶ、という整理になります。
Q預金を申述書に書いていないので、家庭裁判所では預金の存在が確認されていないのでは?それで放棄は大丈夫なのでしょうか?
A

家庭裁判所の申述受理は「形式的な審査」であり、個々の財産の存否を実体的に確認して放棄の有効性まで確定するものではない、と解されています。家裁は、却下すべきことが明らかな場合を除いて申述を受理すべきとされ(東京高裁平成22年8月10日決定)、放棄が有効かどうかは、後に争いが生じれば民事訴訟で当事者の主張立証を通じて決まります。

したがって「申述書に預金を書いていないから家裁で確認されていない」というのはそのとおりですが、それは放棄の効力を弱める方向には働きません。前の質問のとおり、放棄の効力は包括的に全財産へ及ぶことに変わりはないと考えられます。

Q相続開始後に、被相続人の口座から数十万円を引き出した形跡があります。これで相続放棄が無効になりませんか?
A

ここが最も注意を要する点です。相続人が相続財産の全部または一部を「処分」すると、単純承認をしたものとみなされ、放棄ができなくなる場合があります(民法921条1号。法定単純承認)。相続開始後・放棄前の引き出しは、この1号の「処分」に当たるかどうか、という問題として整理するのが正確です。

なお、放棄をした後に財産を隠したり、ひそかに消費したりする行為は、別に同条3号(背信的行為)の問題になります。放棄の引き出しは1号、放棄の隠匿・消費は3号、と適用される場面が分かれます。

もっとも、被相続人の預貯金から葬儀費用・仏壇や墓石の購入費用などを支出する行為は、社会的にみて相当な範囲であれば「相続財産の処分」には当たらないとされています(大阪高裁平成14年7月3日決定)。引き出した金銭が葬儀費用・入院費・公租公課の精算など、社会通念上相当な支出に充てられているのであれば、処分には当たらず放棄の効力に影響しない可能性が高いと考えられます。

使途の資料を残しておきましょう
逆に、相続人が自分のために使った(私的に費消した)と評価される場合には、法定単純承認に当たる余地が残ります。葬儀社の領収書や振込記録など、何に使ったかを示す資料を保全しておくことが、後の説明・否認リスク低減の両面で望ましいと考えられます。
Q税務署は、この相続放棄をどう見るのでしょうか?放棄を否認されて課税されることはありますか?
A

課税は、原則として私法上の法律関係(放棄が有効か無効か)に沿って判断されます。相続放棄が私法上有効に成立していれば、税務署もその効果(放棄者は本来の相続財産を取得しない)を前提に課税関係を組み立てるのが原則と考えられます。

ただし、家裁の受理には確定力がないため、仮に法定単純承認の事由(民法921条)が認められるような事案であれば、国側が別途、放棄の実体的な無効を主張して、本来の相続財産を課税・徴収の対象とする余地は理論上残ります。

とはいえ、家裁で適法に受理され、かつ法定単純承認の事由が見当たらない限り、税務調査で放棄の効力そのものが否認されるリスクは相対的に低いと考えられます。相続財産が著しく大きい場合や、放棄者が本来の財産を実質的に費消・隠匿しているような場合には追及の余地が残るため、前の質問の「引き出しの使途の整理」が、このリスクを下げる意味でも重要になります。

Q相続放棄をしても、生命保険金は受け取れて課税されると聞きました。非課税枠は使えるのでしょうか?
A

生命保険金は受取人固有の権利なので、相続放棄をしても、受取人に指定されていれば受け取ることができます。ただし相続税では「みなし相続財産」として課税対象になります(相続税法3条1項1号)

放棄者は保険金の非課税枠を使えません
生命保険金の非課税枠(500万円×法定相続人の数)は、条文上「相続人」が取得した保険金に限って適用されます(相続税法12条1項5号、相続税法基本通達12-8)。相続放棄をした人は「相続人」に当たらないため、この非課税枠の適用を受けられず、受け取った保険金は全額が課税価格に算入されます。

一方で、基礎控除や非課税枠の「枠そのもの」を計算するときの法定相続人の数には、相続放棄をした人も含めて数えます(相続税法15条2項。放棄がなかったものとした場合の相続人の数)。たとえば本来の相続人が3人なら、全員が放棄していても基礎控除は3,000万円+600万円×3人=4,800万円で計算されます。

枠の人数には放棄者を含めて数えるが、放棄者本人は非課税枠を使えない——この非対称な扱いが、放棄が絡む相続税のポイントです。
Qでは、結局このケースでは相続税の申告は必要なのでしょうか?
A

課税対象となる財産の合計(課税価格)が基礎控除を超えるなら、申告が必要です(相続税法27条)

全員が相続放棄をした場合、本来の相続財産(不動産や被相続人名義の預金)は取得しないため課税価格に算入されません。課税対象となりうるのは、生命保険金などのみなし相続財産や、民事信託の受益者指定で取得する受益権(相続税法9条の2など)です。これらの合計が基礎控除(上の例なら4,800万円)を超えれば、相続放棄をしていても相続税の申告・納税が必要になり得ます。とくに、生命保険金には非課税枠が使えない点が課税価格に効いてくるため、計算上の見落としに注意が必要です。

Q相続人全員が放棄した結果、誰も受け取らなくなった預金は、最終的にどうなるのですか?銀行は「5年で国庫に入る」と言っていますが。
A

相続人全員が放棄し、ほかに相続人もいない場合は「相続人不存在」となり、被相続人の財産は相続財産法人となって、家庭裁判所が選任する相続財産清算人が管理・清算します(民法951条・952条。令和3年改正・令和5年4月施行で、旧「相続財産管理人」のうち清算職務を担うものが「相続財産清算人」に変わりました)。清算後、特別縁故者への財産分与(民法958条の2)を経て、なお残った財産があれば国庫に帰属します(民法959条)

銀行が説明する「5年保管して請求がなければ国庫へ」という取扱いは、正確には民法上の清算手続とは別の、銀行実務上の整理です。本来は清算人の選任・清算手続を経て国庫帰属に至るのが法律の建前で、誰も清算人の選任を申し立てなければ、預金は事実上、銀行に滞留し続けることになります。いずれにせよ、この預金は放棄者の相続税の課税対象にはならず、課税価格にも算入されない、という整理は維持されると考えられます。

なお「相続人全員」が誰を指すか(配偶者・子だけか、被相続人の親・兄弟姉妹といった次順位まで含むか)の確認も大切です。次順位の相続人がいれば相続人不存在にはならず、放棄によって相続権がその人へ移るため、預金の帰属先や、その人の放棄の要否を別途確認する必要があります。

まとめ

本記事は、AIによる調査整理を活用した一般的な解説であり、特定の個別事案に対する助言ではありません。相続放棄の効力や法定単純承認の該当性は、引き出した金銭の使途、相続人の範囲、信託契約の内容など、個別の事実関係により結論が変わり得ます。実際の取扱いの判断にあたっては、相続税に精通した税理士や、放棄の有効性に関わる論点については弁護士にご相談のうえ、必要に応じて課税庁への事前照会もご検討ください。